コイノヨカン
しかし、
カバンを持ち台所を出ようとした私の腕を、渉さんがつかんだ。

「送っていくから」

「いいですよ。1人で行きます」

「朝の満員電車なんて、心配で乗せられない」

凜さんのことなど気にもせず、渉さんは私を離そうとしない。
困ったなあ。
そう思っていると、

「渉さん。この際だからハッキリ聞きますけれど、栞奈さんとは一体どんな関係なんですか?」
女性特有の甲高い声で、まくし立てる。

「凜さん。専務は体調の悪い私を心配してくださっているだけなんです」

そう。
本当にそれだけだから。

「栞奈さん。あなたも分をわきまえるべきだと思うわ。あなたがなれなれしいから、渉さんが戸惑うのよ」

凜さんは、完全にヒステリー状態。
とにかく、私はここから消えなくては。

「すみません、先に行きますので」

渉さんの腕を振りほどき、出ていこうとした。
でも、ギュッと掴まれた腕は離れない。

「お前はここにいろ」
渉さんの冷たい声。

その後、真っ直ぐ凜さんを見て、
「俺は栞奈と付き合っている。これでいいか」と口にした。

「うちの父の尽力がなければ、渉さんは困ることになりますよ」
凜さんが脅す。

「いいよ。俺は俺の力でやるだけだ。今は、栞奈の方が大事なんだ」

渉さん・・・
そんなこと言ったらダメ。
私のために、何かを失うなんて・・・
何か言わなくちゃと思いながら言葉が出てこなくて困っていると、

「今日は帰ります。この事は父に話しますから」
泣き顔になった凜さんが、飛び出していった。


「渉」
「お兄ちゃん」

奥様も希未ちゃんも声をかけるけれど、私は何も言えずにいた。
すべての元凶が自分に思えて、この場から逃げ出したかった。
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