コイノヨカン
「栞奈さん昨日はごめんなさい。私、途中で帰ってしまったから」

ふん。
すべては凜さんの仕業なのは誰が見たって分かる事。

「もーそんなに怒らないで」

いくら甘えられても・・・無理。
私は無視を通した。

「ほら、一緒に食べましょうよ」

凜さんは私の手を取り、あくまでも笑顔。
腕を引かれた私は、しかたなく席に着いた。

その時、

「何してるの?」
離れから戻ってきた渉さんの冷たい声。

「あら、おはよう。いつ帰ったの?」

奥様のかけた声には反応せず、渉さんは私と凜さんの間に立った。

「渉?」
奥様が不安そう。

私を背に立った渉さんは、ジッと凜さんを見た。

「何してるんだ?」
凜さんに向けた言葉。

「焼きたてのパンを持ってきたんです。美味しいんですよ」
笑顔の凜さん。

「帰ってくれ」

一瞬、時間が止まった。

「渉さん、どうしたんですか?」
凜さんが問いかけるが、

「帰ってくれないか。もう、自宅にも会社にも来ないでくれ」

「・・・そんな・・・」
凜さんの表情が崩れていく。

「渉」
奥様も声をかけるけれど、渉さんは動じない。

「渉さん。栞奈さんから何を聞いたのか知りませんけれど、全部嘘です。私を信じてください」
涙を流し始めた。

私は不思議なくらい冷静に見ていた。
あの涙も、言葉もすべて嘘だと知っている。

「帰ってくれ」

再度言われると、凜さんの態度が一変した。


「そうですか、それが渉さんの答えですね。私や父を敵に回して、後悔しても知りませんから」

そう言うと出ていった。
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