コイノヨカン
実は、私がこんな風に思えるのには訳がある。

それは、私が退院する前日。
救出から3日目のこと。

見知らぬ番号から電話があった。

「もしもし」
怪しみながら出た私に

『突然申し訳ありません。香川と申します』
女性の声だった。

香川?
その時思い浮かんだのは1人だけ。

『香川凛の母です』

さすがに動悸がした。

「どうして?」
無意識のうちに口にしていた。


凜さんのお母様は、今回の事は凜さんの仕業だったと認めて上で、

『本当だったら自分でお詫びしなくてはいけないところですが、今は罪の大きさに怯えていて部屋から出ることができないんです。本当に申し訳ありませんでした』
と、何度も詫びられた。

『渉さんを思うが故のこととはいえ、やってはいけないことをしてしまったようです。許してくださいと言う気はありません。罪は罪として償うべきだと思います。ただ、あの子の将来のためにも1度お詫びするチャンスをください』
言葉を選びながら、丁寧にお話をされた。

その時点で、私はなんとなく吹っ切れていた。

「もう、いいんです。事件を大きくする気はありません。元々凜さんを追い詰めたのは私の方かもしれませんし」

『あなた・・・』
電話の向こうで驚いている声。

「警察の捜査が行われている以上、どのような結果になるかは私にも分かりません。でも、今回のことで誰かが罪に問われることを私は望んではいません。どうぞ安心してください」
これは私の本心。

たとえ凜さんを罰しても、私の気持ちは晴れないと思う。
それよりも、早く事件を忘れたい。

「どうか凜さんに伝えてください。退院して、元気になって、普段の生活に戻ったら、一緒のお食事をしましょう。その時はご馳走してくださいと」

『ええ』

「渉さんのことも、力になってください。私には何もできないので」

『分かりました。今回の事は決して忘れません』
電話の向こうでお母様が泣いているようだった。
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