コイノヨカン
『そこはニュアンスが違うんです。反対しているのではなく、御社の望まれた方向性の中で、コンプライアンスを重視していきたいと言っているんです』
精一杯誤解を解こうと、つい英語で言ってしまった。

多分まずかったと思う。
みんなが私を見ている。

静まりかえる会議室。
外国人のブランド担当者は、状況が分からないのか私に質問してくる。

困ったな。

「君が通訳して」
専務の声。

ええ?

通訳をしていた男性が無言で席を立った。
本気で、私に通訳をしろってことみたい。

大学で経済学を学び、1年間アメリカへの留学もさせてもらった。
元々英語は好きだったから、学生時代から勉強していた。
通訳をするくらいの語学力はあると思う。
でも、いいんだろうか?
中野商事の用意した通訳を追い出すようなマネをしたら、困るんじゃないだろうか?

「今井君。始めて」
迷ってた私に、専務の指示。

もう、やるしかない。

私は通訳さんの席に座ると、メモをとり英訳を始めた。
やっているうちに調子が出て、最後は同時通訳のような状態になった。



会議は無事予定時間で終了。

もちろん、出過ぎたことをしてしまったと中野商事の方にもお詫びした。
でも、皆さん早く会議が終わったことを喜んでくださって、逆に感謝された。

「出過ぎたことをしてすみませんでした」
専務にも謝った。

「何を謝るんだ。お陰で早く終わったじゃないか」

「でも、中野商事の通訳さんの立場もありますから」

「そんなことを気にするなら、始めからするな」

え?

そう言われたら何も言えない。

「栞奈ちゃん。帰るよ」
しょげてしまった私を萌さんが呼んでくれる。

「はい」
返事をするのがやっとだった。
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