コイノヨカン
「渉の父親とは大学時代に出会ったのよ。2つ先輩で同じサークル。優しい人だった。今思えば苦労知らずのお坊ちゃんなだけかも知れないけれど、その頃の私はいつも優しく笑っているあの人に恋をしてしまった」

フフフ。と照れくさそうに笑う奥様。

「在学中に渉を授かって、休学してこの家に嫁いだの。その頃は私も世間知らずだったから色々と苦労もあったわ。私はね、外で働いたことがないの。私の知っている世界はこの家の中だけ。寂しいと思うわ。もっとやりたいこともあったのに」

きっと奥様は何か伝えたくて話している。

「この家で育った渉や希未には分からないけれど、外から入る者にとってはここは暮らしにくい所よ」

はあ、確かに。
世間の目にはさらされるし人の口に上ることも少なくない。
なるほど、奥様が言いたいのはそれか。

「渉さんの相手には凜さんのような方が良いとお考えですか?」

「そうね」

「栞奈さんが好きだからこそ、苦労する姿は見たくないの」
しみじみした口調。

やっぱり、奥様も私と渉さんの交際には反対なんだ。
想像はしていたけれど、直接聞いてしまうとやはり辛い。
私自身が奥様のことが好きだったからこそ、嫌われていると知って悲しい。

「ごめんなさいね」
「いえ」

泣き出しそうな奥様の表情に、私は首を振ることしかできなかった。
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