コイノヨカン
連れて行かれたのは10畳ほど書斎。
大きな机と応接セットがあり、壁は本で埋め尽くされている。

凄ーい。
高校の国語教師をしている父さんでさえ、こんなに本を持ってはいなかった。

プーンと、インクの臭いがする部屋で

「座って」
楓さんに言われ、私はソファーに座った。

向かい合って腰を下ろした楓さん。
何を言われるのかとドキドキしていると、

ポンッ。
テーブルの上に鍵と封筒が置かれた。

「何ですか?」

鍵は昨日泊めていただいた離れの物だと思う。
封筒は・・・

大きくはないけれどそこそこの厚みがあり、テレビとかでよく見るサイズ。
でも、まさか。

「さあ」と楓さんが差し出し、私は封筒を手にした。

間違いない。
札束とは言わないが、まとまったお札が入っている。
チラッと覗いただけで、私は封筒を戻した。

「どういうことでしょうか?」
真っ直ぐに楓さんを見据える。

「火事で焼けてしまって、当座の生活にも困るでしょ」

だから?
私は視線で答えた。

いくら何でもここまでしてもらう覚えはない。
逆に、何か魂胆があるんじゃないかと思ってしまう。

「私は栞奈さんが気に入ってしまったの」

「そんな・・・」

「老い先短い年寄りの頼みと思って、もうしばらくここにいてくれないかしら?」

そんな、いくら何でもそんなこと、

「無理ですよ」
自分でも驚くくらい静かに、話していた。

「そうかしら?」
楓さんも穏やかな口調。

「ええ、無理です。そもそも、私は楓さんのことを何も知りません。このお家がどなたのお家で、楓さんが何をしている方なのかも知りません」

一晩だけお世話になるつもりだったから、あえて聞かなかった。
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