コイノヨカン
「私の夫は松田善吉(まつだぜんきち)というの。総合商社のような物をやっているわ。やっているとは言っても、今はもう会長職で、実務はそれぞれの社長が行っているけれどね」

松田善吉?
総合商社?
会長?
それって、私が勤めるホテルの親会社。
松田財閥の・・・会長?

嘘。

「そんなに驚くことはないでしょ。私はただのおばあさんよ」

そう言われても・・・
私は目の前の楓さん、いえ、会長夫人を前に言葉を失っていた。

「栞奈さん。何度も言うけれど、私はあなたを気に入ってしまったの。もうしばらくここにいてはくれないかしら?」

いてくれと言われても・・・

「ここを出ても行く当てがあるわけではないでしょ?」

「まあ。でも、」

「ただで住んでくださいと言うと嫌でしょうから、希未の家庭教師をしてくれないかしら。確か、大学は国立の経済学部だったわね。数学と、得意の英語を週3時間の個人授業でお願いしたいの」

大学とか、英語が得意とか、何で知っているの?
なんだか気持ち悪い。

「どうせ分かることだから言っておくわ。私はあなたのことを調べたの。大学や、留学していたこと、家庭環境や今お金がないことも。勝手に調べられて不愉快かもしれないけれど、これが私のやり方なの。許してちょうだいね」

頭を下げられた。

松田財閥は現会長がほぼ1人で作り上げた会社だと聞いている。
だからこそ会長は伝説の人で、いい噂も悪い噂もつきない。
奥様である楓さんも、私から見れば雲の上の人。
そんな人に頭を下げられると、何も言えなくなった。
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