コイノヨカン
「なあ、君は俺がいるから嫌なのか?」

それまで黙っていた専務が、突然口を挟んできた。

「え?」

「俺がここの人間だと知って、それで断わるんだよな?」

「ええ。上司と同じ敷地内に暮らすなんて無理ですし、専務だってやりにくいでしょう?」

「じゃあ、君を秘書課から異動させるよ。それならいいだろう?」

はああ?

「それは嫌です。私は希望して秘書課に入ったんです。異動なんて困ります」

「じゃあばあさんとの約束通り、ここにいてくれ」

何で、専務はそんなに楓さんの味方をするの?
私がここにいれば、専務だってやりにくいはずなのに。

「栞奈さん。無理強いをする気はないのよ。今は住むところがないわけだし、嫌じゃない限りここにいてちょうだい。もし、気に入らないことがあればすぐに出て行ってかまわないから。それでどう?」

ここまで譲歩されては断りづらい。

「分かりました。半年間、希未さんの家庭教師と、お孫さんのお相手をさせていただきます。お世話になります」

立ち上がり、楓さんを向いて言った。

「ありがとう、よろしくお願いするわ」

満足そうに右手を差し出され、私は握手をした。
これで、契約成立ってことらしい。
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