コイノヨカン
「おい」

夕食をご馳走になった後、母屋を出て離れに向かっている時に後ろから声がかけられた。

振り向かなくても、声の主は分かっている。

「オイ、待てよっ」

振り返ろうともしない私を鋭い声が呼ぶ。
それでも私は歩き続けた。

「ちょっと待てって」
そう言って、腕を掴まれた。

「やめてください」

「じゃあ話しを聞いてくれ」

今更何の話を聞けって言うの。
と、叫びたいのを必死にこらえた。

「そんなに怒らないでくれ。悪いようにはしないから」

腕を引かれ、離れに向かう途中のベンチへと誘導される。

「もう十分最悪です」

ククク。
おかしそうに笑う声。

私は学生の頃から秘書にあこがれていた。
その為に懸命に勉強した。
やっと、やっと秘書として就職できたのに、何でこんな目に遭うんだろうか?

突然の火事で、気がつけば家財も住まいも無くしていた。
そして、せっかく就職した会社まで辞めることになるかもしれない。

キッ。
私は専務を睨んだ。

「そんな顔するなって」
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