コイノヨカン
「半年だけ我慢してくれ。知らん顔して週に1度俺に付き合ってくれればいい。あとは俺が何とかするから。ばあさんの気の済むようにさせて欲しい」

「何でですか?」

そんなことして、何になるの?
誰の得にもならないのに。

「じいさんは今、心臓が悪くて入院中なんだ。次に発作が起きたら命がどうなるか分からない」

だから、お屋敷でも姿を見なかったんだ。
でも、会長の病気は世間的には公表されていない。

「だからって、なんで私が?」

「色々と事情があるんだが、簡単に言えば俺が落ち着いたところをじいさんに見せて安心させたいんだろう」

安心ねえ。
それなら私でなくても。と思ったけれど、言わなかった。
この松田専務って人もかなり曲者みたいだし、簡単に恋人って訳にはいかないのかもしれない。
だからって、お金を払って恋人のふりを頼むなんて。

「なあ、半年だけばあさんの提案に付き合ってくれないか?」

そう言うと、さっき置いてきた封筒を差し出す専務。

「何?」

この期に及んで施しなんて、絶対に受けたくない。

「火事で荷物のほとんどが焼けたんだろう?毎日希未の服って訳にはいかないだろうから。やるんじゃ無いよ。給料の1ヶ月分。前借りのつもりで受け取って欲しい」

前借り?
普段なら絶対に受け取らないけれど・・・

昔母さんに言われたことがある。
「栞奈。人間プライドだけでは生きてはいけないの。自分にとって今何が大事かを考えて、その為には何かを投げ出す勇気を持ちなさい」
みんな欲しいって言うのは無理なのよと。

今、私の住むところはここしかない。
ここを出れば、住むところも仕事も失ってしまうだろう。

私は封筒を受け取った。

「了解したってことだな?」

「はい。そのかわり、仕事は今のまま続けさせていただきます」

「分かっている」

そう言って差し出された右手。

不満はある。
でも、今の私には他に選択肢がなかった。
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