コイノヨカン
「弟いくつ?」

「18です。大学1年生。今は学校よりバンドが楽しいみたいですけれど」

へえ。と、専務が水割りを半分ほど空ける。
私も目の前に置かれたグラスに口をつけた。
甘くて、ほろ苦くて、さわやかなレモンの香り。
今の気分にピッタリ。

「18かあ。その頃何してたかなあ」

「わたしは・・・」

「ナンパされて、警察のお世話になっていた」

「もー、その話しはいいです」

しつこい。

「俺は、遊んでたな。うちの会社になんて入ってやるかって思って、じいさんに反抗していた」

「へえ」

以外だな。
そんな風には見えない。

「でも、結局はグループ企業に入ってしまったけど」

「どうしてですか?」

「え?」
専務が私を振り返った。

「いえ、イヤなことを我慢するタイプには見えないので」
ちょっと言葉を選んでみた。

ククク。
専務が笑った。

「大学の4年と、留学中の2年の間に、随分考えたんだ。運命に従って会社に入るのはイヤだ。でも、じいさんや父さんが作り上げた会社が他の奴の手に渡るのはもっとイヤだってね」

「やっぱり後を継ぐんですか?」

「いずれはね」

なんか雲の上の話だわ。
私は、とんでもない人と一緒にいるみたい。

「栞奈は自分の未来をどう描いているの?」

「うーん。何も」

「何もって・・・」
専務が驚いている。

「私の好きな言葉は『I regret nothing.我ことにおいて後悔せず』なんです。だから、先のことは考えません」

「随分大人な考え方だな」

「今正しいと思うことをすれば、きっと先が拓けるはず。って、父の教えです」

「へえ、素敵なお父さんだ」

はい。自慢の父です。
そう言いかけて、やめた。

私は今、父に嘘をついているんだから。
< 63 / 236 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop