コイノヨカン
「おはよう栞奈ちゃん」
「おはようございます」

萌さんは今日も明るい。

「元気ないわね」
「そんなこと・・・」

萌さんにも専務の家に居候していることは内緒にしている。
さすがに、言えない。

「ねえ栞奈ちゃん」
専務のコーヒーを入れ、新聞を用意しながら、萌さんが私を見る。

「何ですか?」

「実は、お願いがあるの」

ん?
なんだか言いにくそう。

「どうしたんですか?」

「実は、今日の夜予定が入ってしまって」

「今日?」

今日は夕方から来月のスケジュール調整のため担当秘書が集まって打ち合わせをする日。
松田専務の秘書として萌さんが参加する。

「大事な会議なんですよね?」

「うん」
萌さんの表情が曇っていった。

「大事な会議なのは分かっているんだけど・・・栞奈ちゃん、お願いできない?」

えええ?

「いいんですか?」

「下準備は全部するし、他の秘書さんにも言っておくから」

「でも・・・」

それって良くないでしょう?
まだ新人の私に大事な会議を任せたら、萌さんが困るんじゃあ・・・

「実はね、ずっとずっと好きだった人に誘われたの。話があるから食事に行こうって。どうしても行きたいの」

「別の日にはできないんですか?」

ちゃんと説明すれば、分かってくれるでしょう。

「うん。でも、元々今日の会議って明日の予定だったのが課長の都合で今日に変更になったでしょ。急に変更してくれって彼には言えなかったのよ」

萌さん、諦める気はなさそう。

「じゃあ、私でいいなら出ますけれど・・・専務には?」

「専務は今日接待で遅くなるし、直帰の予定だから」

「黙っておくんですか?」

「うん。そのつもり」

どうした?
いつもの萌さんらしくない。

「ね、お願い」
目の前で必死に手を合わせられた。

仕方ない。

「バレて叱られても知りませんよ」

「うん。大丈夫だから」

恋は盲目ってこの事。
いつも真面目な萌さんなのに、今は周りが見えなくなっている。
危険だなって思うけれど、私には何も言えなかった。
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