コイノヨカン
離れまで行く途中。

「オイ」

聞き覚えのある声に呼び止められた。

マズイ。

一瞬聞こえないふりをしようとして、

「待てよ」
後ろから腕を掴まれてしまった。

はあ。
本当にマズイ。

「どこに行ってたんだ?」

「・・・」

「栞奈?」

「・・・」
沈黙の時間。

「答えられないのか?」
寂しそうな声。

ああ、困った。
でも、言うわけにはいかない。

「何とか言えよ」

「答えないといけませんか?」

「ええ?」

ふー。
私は軽く息を吐くと、専務の方を真っ直ぐ見た。

「なぜ、どこで何をしていたかを答えないといけないんでしょうか?」

「それは・・・遅くなれば心配するだろう」

「今日は遅くなりますって、奥様には連絡を入れました」

「それはそうだが、俺は聞いてない」

「必要ありますか?私達は契約しているだけですよね。本当に付き合っているわけではありません」

自分でも凄くイヤなことを言っているのは分かっている。
でも、萌さんの秘密をバラすわけにはいかない。

「本気で言っているのか?」

「ええ」

今が夜でよかった。
きっと私、泣きそうな顔をしているはずだから。

「もういい。勝手にしろ。確かに、お前が言うように契約で会っているだけだ。でも、俺は楽しいと思っていた。俺の知らない事を教えてくれるお前を嫌いじゃないと思い始めたのに、お前は違ったんだな。がっかりだ」

会社で見せる冷たい声で言い、くるりと背中を向ける。

ああ、これで終わってしまう。
直感的にそう感じた。


久しぶりに、泣いてしまった。
離れのベットで、泣き続けた。
私にだって分かっている。
どうせあと4ヶ月で終わってしまう関係。
住む世界の違う専務と、今の関係が続くはずはない。
それに、あんなわがままで横柄な人なんて大嫌い。
頭では分かっているんだけど・・・心がついていかない。
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