コイノヨカン
「ちょっといいですか?」
背後から声をかけられた。

アパートの大家である年配のご夫婦が住人に声をかけて回っている。

「今夜、泊まられるところはありますか?」
きっと70代になろうというご主人が申し訳なさそうに尋ねる。

こんな時は近くのビジネスホテルでもとればいいのだろうけれど、今の私にはお金もないし貯めていた貯金も新生活の準備に使ってしまった。
いざとなればネットカフェにでも行くしかない。

「うちの家に空き部屋が4部屋ほどあるんです。住人の方全部と言うわけにはいきませんが、よろしかったら泊まってください」

奥さんも是非と言ってくださる。

よかったー、これで今夜泊まれるところは見つかった。と思ったが、

「すみません、ぜひお願いします」

まず声を上げたのは子ども連れの家族が2組。その後には高齢のご夫婦と松葉杖の男性。
みんな大家さんの家に宿泊を希望しているようだ。
こうなれば子供と年配者と体の不自由な方が優先。
当然私は、

「どうぞ皆さんで泊ってください。私1人なら何とでもなりますから」

本当は行く当てなんてない。
それでも自分より困っている人がいれば、譲るのが当然。私はそう教えられて育ってきた。
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