コイノヨカン
時刻は9時半。

早く、帰らないと。

コンビニから数10メートルの坂道を私はダッシュで走った。

はあはあはあ。
息を切らしながらお屋敷に帰り、とりあえず母屋に向かう。

ん?
何だろう?

離れの玄関前に人影が・・・

えええ?
専務?

母屋へ向かう足を返し、離れに駆け出した。



「渉さん」

ドアの前にしゃがみ込んでいた専務が、私を見上げた。

「なあ、繋がらない携帯なんて意味がないんだよ」

「え?」
慌ててバックから携帯を出した。

本当だ。
マナーモードにしていて気付かなかったけれど、凄い着信の数。
みんな専務からだ。

「ごめんなさい」
「いいよ。それより、手を貸してくれ」

私は専務の手を取った。

ヨイショッ。
なんだか立ち上がるのも辛そう。

「大丈夫ですか?」
「ああ。さすがに疲れた」

そりゃあそうよ。
ここ1週間はほぼ寝ていないはずだから。

「飲んできたのか?」

「ええ。萌さんに誘われて」

「そうか。たばこの臭いもするな」

肩を支えたせいでいつもより接近した私達。
悠仁さんが吸っていたたばこの残り香が分かってしまったみたい。

「ごめんなさい。萌さんの彼氏も一緒だったんです」
「そうか」

いつもなら怒り出しそうな場面なのに、今日の専務は怒らない。

「本当に大丈夫ですか?」
「ああ」
とは言うものの、立っているのがやっとの様子。

「母屋まで送りましょうか?」
「いや、いい。それより、何か食わせてくれないか?」

「はあ?うちでですか?」
「ああ」

「インスタントラーメンくらいしかありませんが」
「それでいい」

それでいいって、
母屋には奥様が用意したちゃんとした食事があるだろうに。

「とにかく入れてくれ。横になりたい」

今にも倒れ込みそうな専務の肩を抱えながら、私は離れの鍵を開けた。
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