警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
――――やっぱり、紅林さん……。
目の前が真っ暗になった気がした。
得体のしれないものに目隠しをされたような、絶望に視界を塗りつぶされたような感覚。
目頭も熱くて頭もボーッとする。居酒屋のガヤガヤとした喧騒も耳に入らなくなった。
それでもようやく足が動いてくれて、トイレとは反対の方向に後ずさりフラフラと店の外に出た。
十一月中旬にもなると、コートを着ていない夜の街はとてつもなく寒い。
思うように息が吸えなくて手を口元に持っていくと濡れた感触がして、やっと今自分が泣いているのだと気付く。
『不倫なんかさせるか。美樹がどんだけ泣いたか知ったっつーのに』
彼女に向けた翔さんの熱い想い。少し怒ったような声音。
離れていた五年間と、異動させられてこちらに来ていた三週間。
紅林さんがどれだけ辛い思いをしてきたのか知って、気持ちを抑えられなくなって告白したんだろうか。
そういえば私と出掛けた数日前に二人で飲んだと言っていた。
あの時にはもう翔さんの気持ちは固まっていた?
紅林さんを“美樹”と名前で呼んでいたことも初めて知った。
もしかしたら五年前からそういう関係だった?
職場では一貫して名字で呼んでいたから気が付かなかった。
あんなに素敵な人がそばにいて、やはり何もないわけがなかったんだ。