警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
涙は止まっているけど、もしかしたら頬に涙の筋があるのか、目が赤いのか。あれだけ泣いてしまったし、もしかしたら両方かもしれない。
その涙の原因の半分は目の前にいる翔さんなわけだけど、もう半分は自分に自信さえ持てばいつか気持ちが通じると思い上がっていた私。
目元に伸びてきた翔さんの手から逃げるように身体を引いた。
「蜂谷?」
「天野さん、電話はもういいんですか?」
「え? あ、ああ。それよりお前」
せっかくナンパ男の登場で引いていた涙が再び目に膜を張り出す。
こうなるから顔を見ずに帰りたかったのに、どうして追いかけてきたりしたんだろう。
ふと翔さんの左手に私のコートがあることに気が付いた。
「……あぁ、コート。ありがとうございます」
無意味だった。私が何をしたところであの人に敵うわけがなかった。
どれだけ仕事を頑張ったって、対人関係の殻を破ったって、この人にとっては何の意味もない。
「わざわざ申し訳ありません、寒いのに」
もう必要以上に関わらない。気安い態度もとらない。期待しないように仕事以外では近寄らない。
涙が零れてしまう前にさっさとコートを受け取って離れなくては。
そう思うのに、持ってきてくれたコートを受けとろうと差し出した手を掴まれそうになる。
驚いて咄嗟に引こうとしたせいで、振り払ったようにパシッと乾いた小さな音が響いた。