警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
「……あ、」
気まずい沈黙が私たちふたりを包み込む。
どうしてコートを渡してくれないのか。焦って涙目になってしまうのに、大きな瞳で見つめられ視線を逸らすことが出来ない。
まばたきをすれば雫が落ちてしまいそうなほど潤んだ視界は翔さんの姿さえぼやかして、どんな表情をしているのか見えない。
図らずも翔さんの手を叩いてしまった右手を胸の前で握り、ゆっくりと後ろに後ずさる。
もうコートはどうだっていい。早くここを離れたい。
何か言われる前に。何か言ってしまう前に。
お疲れさまでしたと告げて逃げようとした瞬間、翔さんはグッと一歩踏み出し私の目の前まで距離を縮める。
ひゅっと息を飲む間もなくその腕に捉えられ、気が付いたら温かい胸の中に抱き締められていた。
「やっ、離し……」
「何度も逃さねーよ。言ったろ?」
頭の上から落ちてくる低い声。
それは呆れているような戸惑っているような声で、少しだけ震えていた。
「お前どうした? 何で泣いてる?」
強引に引き寄せられた反動で、瞳に溜まっていた涙はぽろぽろと溢れて頬を濡らし、翔さんのスーツに吸い込まれていく。
色が変わり冷たくなったスーツに頬を押し付けられながら、なんとか冷静になろうと大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。