警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
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「久しぶりだね、あすかちゃん」
一人暮らしをするマンションの最寄り駅から二駅隣。駅のロータリーから続く商店街の中にある小さな二階建てのビル。
脇の細い黒い階段を上り、アンティークのような木製の扉を開けると、暗い照明と控えめなBGMに迎えられる。
八人ほど座れるカウンターは雰囲気を重くさせないように橙褐色のカリンの木で作られた一枚板。
バックバーの壁面はフェイクグリーンをチーク古材の額縁でデザインされており、洗練されたオシャレな雰囲気が漂っている。
九月になったばかりの外は、残暑と言うよりもまだ夏そのもの。日が落ちても暑くムシムシする不快な外界から逃れられてほっとした。
私はカウンターの一番左奥に腰を下ろす。いつもの指定席だ。
「うん、久しぶり。光ちゃんひとり?」
「マスターは買い出し。何飲む?」
おしぼりとコースターを私の前に置きながら、カウンターの中で私に微笑みを向けてくれるのは阿久津光一(あくつ こういち)。
光ちゃんは私の三つ年上で、実家のマンションが同じという幼なじみ。
親同士が仲良くしていたのもあって、小さい頃はよく一緒に遊んでもらった。彼が中学に上がる頃にはあまり会わなくなり、私が高校に入学した頃には完全に疎遠だった。
それでも親同士が繋がっているので近況は聞こえてきていて、実家を出てホテルの専門学校を出た後バーテンダーをしているのは聞いていた。
卒業後すぐに専門学校の同級生と結婚したと知った時はかなり驚いた。