警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
あの人に認められたい。褒められたい。
そんな考えはあるのに、さらに一歩踏み込めるのかと言えばわからない。
この感情に名前をつけたらなんと呼ぶのかも知らない。
『誤解じゃなければいい?』
『翔って呼んでみて』
仕事の時とは違う、少しだけかすれた甘い声。頬に触れられた手の温度。屋上で初めて触れた唇の感触。
このまま可愛くない態度を取り続けて、その全てが二度と自分に向かないと思うと胸が痛んで苦しくなる。
今まで味わったことのない感情を持て余して、自分でもどうしたらいいのかわからない。
ふと相変わらず嫌な視線が刺さる方向を見れば、昨日は有給を取っていた美山さんが、私がいることに驚きながらも不満げに睨んでいた。
その冷たい視線で朝から職場でおかしな考えに至っていることに気付いて、慌ててふるふると頭を振って仕事モードに切り変える。
それを見ていた天野さんが声には出さずに「犬みてぇ」と顔を歪めて笑った。
むっとして何かこちらも口パクで返そうとしたところに企画部長が入ってきて、朝礼のために全員が立ち上がる。
ふと見ると部長の後ろには見たことのない女性がいる。
私よりもいくつか年は上そうで、いかにも出来る女の雰囲気。
真っ直ぐな艶のある黒髪は肩上で切りそろえられ、同じ長さの前髪と一緒に片方だけ耳にかけている。