警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました

翔さんは昔は要領が悪く仕事が出来なかったとか、上司に頓珍漢な意見をして教育係の紅林さんと二人揃って常務室に呼ばれたことがあるとか。

そんなの聞きたくなんてないのに。

胸の奥がモヤモヤして食欲がなくなっていく。全く食べる気が起きなくて早々に箸を置いた。

「もう食べないの? もしかして具合悪い?」

本当に心配そうに声を掛けてくれる紅林さんはきっとすごくいい先輩なんだろう。

周りの同僚に慕われていたのが知り合って半日しか経っていない私でもわかるほど。

関西支社でも立ち上げメンバーとして活躍してて、後輩に気遣いも出来て、おまけに美人。きっとすごい人。

「ちゃんと食えよ。午後から会議だぞ」
「ハッチー、大丈夫?」

どうしてだろう。今すごく天野さんの顔が見たくない。

胸の中がぐるぐるしてて、真っ黒な何かに飲み込まれてしまいそう。

チラッと横を見ると、話を聞きながら箸は動いていたようで、キヨのお膳はほとんど料理が残っていない。

「キヨ……悪いけど、ちょっと付き合って」
「ん、いいよ」
「蜂谷」
「すみません、先に社に戻ります」

極力天野さんの顔を見ないようにして、その場を立つ。

もうここに居たくない。

苦しくて気持ち悪くて、どうしてかわからないけど涙が出そうで、必死に唇を噛みしめる。

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