警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
「蜂谷、ちょっと」
「…おはようございます、なんですか?」
「来いよ」
「もう朝礼始まりますけど」
「いいから」
腕を掴まれて連れ出されたフロアの外の階段。
社員はみんな基本エレベーターを使うから滅多に人は通らない。
「……なんですか」
「昨日、どうしたんだ?」
何も話すことなんかない。
せっかくおさまっていたイライラが増幅してしまいそうな予感に後ずさる。
「ランチ代、出さずに出てすみませんでした。あとでちゃんと」
「そんなこと言ってんじゃねぇよ」
「……なんでしょう」
「いつの間にか帰ってるし電話は出ねぇし」
やっぱりあの番号は天野さんだったんだ。
少しだけホッとする自分が滑稽で嫌だ。どんどん自分を嫌いになっていく。
「課長に帰宅の許可は取りましたし、番号を教えた覚えはありません」
自分の声が人気のない階段に響く。何をこんなにもイライラしてるんだろう。
「……あの時、何で相田だった?」
「え?」
「ちょっとー? 朝礼始まるよ!」
天野さんの腕が私に伸びてきたところで紅林さんの声が届く。
それに反応するように声の先に視線を送ると、すっと引かれた腕。
それだけのことがなぜか無性に悲しくて、私は彼の顔を見ることなく無言でフロアに戻った。