警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
どれだけ役に立っているのかは疑問だけど、それでも名前を呼んで仕事を頼んでくれる人がいる限り、ここでアシスタントがしたい。
「蜂谷、俺午後から打ち合わせで出るから」
「わかってます。必要な資料出力しますか?」
「いや、タブレット持ってくからいいや。それより」
「……給湯室行ってきます」
「さすが俺のなんでも屋」
ため息を吐きながら上目遣いに睨んでコーヒーを淹れに行くために席を立とうとすると、隣に立っていた天野さんがクシャッと私の頭を撫でる。
いつも乱雑にするせいで毎回結び直しを余儀なくされるからやめてほしい。
何度もそう言ってるのにやめてくれる気配がないからもう諦めた。
本気で嫌がっているわけじゃないことに気付かれているのかもしれないと思うと、何だか微妙に悔しくてくすぐったいような変な気持ちになって困る。
髪を手ぐしで結び直しながら給湯室に向かっていると、後ろからキヨがマグカップを持って追いかけてきた。
「ハッチー待って。俺もコーヒー」
「いいよ、ついでに淹れて持っていくよ。貸して」
「サンキュ」
この会社の給湯室はひとつ下のフロアにあり、私が所属している総務部の横に位置している。
庶務課のデスクの島をちらりと覗くと、私に気付いた平野さんがヒラヒラと手を振ってくれたので振り返した。
少し前まではここに戻りたくて仕方なかったのに、今や邪魔するのも申し訳ないしと中に入っていくのを躊躇ってしまうほど他人行儀に感じてしまって不思議な気分だ。
一人暮らしをし始めて、実家に帰るたびに鍵を使わずにインターホンを押してしまう感覚に似ている。