警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
「誰が可哀想だって?」
突然聞こえた不機嫌そうな低い声に、美山さんだけでなく私まで竦み上がった。
今密かに私の心の中が最高潮に盛り上がりを見せていたのに、あっという間にしぼんでいく。
給湯室の入り口を背にしていた彼女は、声の主がわかるとバツが悪そうにゆっくりと振り返る。
目の前にいた人物が想像通りだったのか、タブレット片手に壁に体重を預けながらこちらを見ている天野さんを声もなく見上げていた。
誰も何も声を発しない。カチとケトルが鳴る音がやけに大きく聞こえた。
「コーヒー淹れんのにどんだけ時間かかんの」
「……すみません」
一体どこから聞いていたんだろう。
先に出ていった紅林さんとはすれ違っただろうか。
ケトルを持ってお湯を注ぐと、また先程同様コーヒーのいい香りがあたりに広がる。
ほっとするはずの香りに包まれているのに、給湯室の空気は冷えたまま。
「美山さんもコーヒー?」
「あ、はい、いえ……」
いつもなら天野さんに声を掛けられればとんでなく甘い猫なで声で話す彼女も、今はさすがにそんな勇気もないらしい。
肯定とも否定ともとれない返事だけして俯いたまま。
「いらないなら戻って。まだ昼休憩には早い」
「……はい」
唇を噛み締めて美山さんが天野さんの横をすり抜けて給湯室を出ていく。