警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
美樹への想いは憧れだったのか、はたまた恋愛感情だったのか。過去に付き合ってきた何人かの恋人と呼ばれる彼女たちよりは、遥かに近しく感じていた。
ただ、男と女の関係には一度たりともならなかった。
当時の俺がどう感じていたのかはもう覚えてもいないが、企画部で二年という日々を過ごしながら一度もそういうことにならなかったというのは、やはり恋愛というよりは親愛の情を感じていただけだったように思う。
ただ教育係をしてくれていた頃から今も、仕事への姿勢や人として尊敬していることは確かだ。
そんな彼女が……不倫。
五年ぶりに会ったということを差し引いても、彼女と結びつく単語ではなかった。
「なんで。奥さんいること知ってただろ」
無言の彼女は後ろめたそうな顔をして俯いた。
「美樹」
「……似てたから。翔に」
最初の一口飲んでからそのままになっているレモンサワーのグラスはすでに汗をかいている。
美樹が三週間泊まるビジネスホテルから徒歩三分にある居酒屋の個室。俯いたままぽつりと零す声は、俺が知っている溌剌とした美樹のものとは違い戸惑う。
「ずっと翔が好きだった。自分で希望して転勤したのに、翔のこと忘れられなくて。当時課長だった小田さん、仕事も出来て、人望もあって一生懸命で翔みたいだなって。一度誘われたら、もう止められなかった……」
美樹はそう言いながらも俺を見ることはなく、華奢な手首にはめられた腕時計にしきりに触れていた。