警戒心MAXだったのに、御曹司の溺甘愛に陥落しました
恋愛感情ではなかったにしろ、好きだったし尊敬する先輩であることは今も変わらない。
家庭のある男と幸せがあるのか、俺にはわからないが。
「手放しで応援出来る話でもないけど、美樹には幸せになってほしいと思ってる」
「ん。ありがと」
居酒屋を出ると、冬のにおいが混じった冷たい風が吹いていた。
* * *
「光ちゃん?」
驚きに嬉しさが多分に混ざった蜂谷の大きな声が廊下に響き渡る。
実際に店に立って働いてくれるバーテンダーの募集と並行して、社員やアルバイトがバーテンダーとして店に立てるよう研修をしてくれるベテランのバーテンダーを探していた。
担当者が打診したのは『ダイニングバー Karin』の店長である増田という五十代の男性。
社団法人が主催するバーテンダーの技能試験すべてを通過し、経歴二十五年以上ある者にしか与えられないマイスターバーテンダーの称号を持つ増田さんに研修してもらえたらと、俺も自ら赴き頭を下げた。
しかし彼からは「自分の弟子ならお貸しします」と言われ、打ち合わせにやってきたのがこの阿久津光一という男だった。
「あすかちゃん。やっぱりいた」
「なんで光ちゃんがここに?」
「マスターにバーテン研修の依頼があったみたいなんだけどね。勉強になるだろうから俺に行けって。あすかちゃんの勤めてる会社だし、もしかしたら会えるかもと思ってたんだ」
『光ちゃん』と親しげに呼びながら彼の元へ走り寄っていく蜂谷の表情は、会社ではなかなか見せない心を許したような柔らかさが見て取れる。