男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「ええ、そうよ。たしか……吊り橋効果、と言ったかしら。不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなるのよ」

 まさしくノージーがそれである。
 わかっているだけに反論しづらく、ノージーは押し黙った。

「怖い思いをしていたピケを、あなたは抱きしめてあげましたの?」

「しましたけど……」

「けど?」

「それ以上はしていません」

「まぁ」

 吐息混じりの「まぁ」は、呆れているようにも、感心しているようにも聞こえる。
 ノージーは、せっかくのチャンスを無駄にしたと言われているような気がして、ムッとした。

 魔獣であるノージーは、ピケに恋をして獣人になった。この恋が実ればピケと生きていけるが、失恋すれば消える運命にある。
 いかにも、イネスが読んできた恋物語にありそうな内容だ。
 だが、ノージーは架空の人物じゃないし、これは現実。恋物語のような、トントン拍子にはいかない。

「想像してみてください。あなたは、好きな人を部屋に連れ込んで、二人きりになった」

「ドキドキしてしまいますわ」

「ドアの向こうの廊下には、警備兵がわらわらと現場を調べています」

「ちょっと……ムードに欠けますわね」
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