男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「警備兵たちの男らしい(いかつい)声が聞こえるたびに、好きな人は体を震わせて怯えている」

「……」

「僕を頼って身を寄せてくる姿は愛くるしいですが……そんな子に手を出せますか?」

「出せませんわね」

「そうでしょう?」

 うんうんと頷き合って、終わるかと思いきや。
 したり顔でニマァと笑ったイネスが「でもね」と言った。

「わたくしは、それ以上をしろだなんて一言も言っておりませんわ。あなたが勝手に勘繰って、弁解してきただけ。むしろ弁解したぶん、余計に“ああ、手を出したかったのね”と思ってしまったくらいよ」

「……かわいらしくないお人だ」

「かわいいは旦那様のためにあるの」

「……」

「それに……弱みにつけこんで既成事実を作るなんて、ヒーローにあるまじき失態ですわ! まぁ、ちょっとおいたが過ぎる子猫ちゃんに少しエッチなお仕置きするのは定石ですけれど? それ以外は、絶対に! いけませんわ!」

 恥ずかしいなら黙っていれば良いのに。
 否応なく聞こえてくるイネスの心音は、うるさくてたまらない。
 慣れた手つきで最後の仕上げの薔薇を飾り、ノージーはゲッソリと疲れた顔で「髪結い、終わりましたよ」と告げたのだった。
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