男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 震える喉を叱咤(しった)して、ピケはなんとか声を絞り出す。
 彼女の言うことはもっともだ。
 これは、ない。
 いくらアドリアンが国一番の人気者であろうと、一度しか会ったことがない少女を誘拐して良い理由にはならない。はずだ。

「そうか?」

「そうです。少なくとも、私の常識ではないです」

「そうか」

「権力を振りかざし、こんなことをするのは良くありません」

「そうか」

「なんだ、この人は。そうかしか言えないのか⁈」

 うっかりピケが心の声をダダ漏れにしても、アドリアンは「そうか」である。
 さすがロスティの総司令官だと褒めるべきか、貶すべきか。

「うぅぅ」

 ピケはうなりながら足をバタつかせた。
 ガタガタと体の震えが止まらないが、今は怯えている場合ではない。

(こわい、こわい、こわすぎるぅぅぅ! なんでこの人はこんなことしているの? 私が何をしたって言うのよぉぉぉぉ)
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