男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 しかし、当の獣人たちはそう思っていないらしい。
 総司令官であるアドリアンさえまだ数人しか会ったことがないが、彼らは一様に恋したことを誉れに思っていた。
 恋が実らず消滅した者も、恋が実って人族へ変化した者も。みな、喜びこそすれ嘆いている姿など見たことがない。

 彼らは知っているのだ。
 人族が異質を嫌うことを。魔獣を恐れていることを。
 だから、魔獣の恋はめったに実らない。
 わかっていて、彼らは恋をする。

 恋をするということは、それほどまでに大事なことなのだろうか?
 アドリアンの人生において重きを置いているのは、恋よりも強さだ。国の頂点に立ってなお、思いは募るばかり。
 だから彼は理解し難い。大した努力もなしに、生まれながらにアドリアンより強い彼らが、恋なんていう曖昧な感情に振り回され、散り行くのが。

 そもそも恋なんて、何度だってできるものだろう。
 人族の言葉には『初恋は実らない』なんてものがあるくらいなのだから。
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