男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「でも事実、その手紙に書いてあるではないか。テト神教には、王族が婚前に行わなくてはならない儀がある、と。それも、神官と二人きりで、一晩寝室にこもって行う儀など……!否が応でも嫌な想像しかできぬ」

 吐き捨てるような物言いに、とうとうイネスの目から涙がこぼれた。
 しっかりと施された化粧が落ちて、黒い涙が頰を伝う。

「わたくしが、それに応じると仰りたいのですか?」

 力強い視線で、イネスはキリルを睨んだ。
 握った拳が震えているのは、初めて言い返したことによる恐怖か、それとも馬鹿にするなという怒りからか。
 たぶん後者だろうな、とピケは思った。
 ピケだったら前者だったかもしれないけれど、イネスは強い女性だ。心から愛している人に疑われて、おとなしくしているわけがない。
 良くも悪くも、彼女は夫を尻に敷く(ロスティらしい)女性なのだ。

「あなたは熱心に信じているではないか。テト神教とやらを」

 イネスの怒気に怯んだのか、キリルの態度がやや揺らぐ。

「……わたくしが、あなた以外の者に処女を捧げるとお思いなのですか? この国の、悪しき風習を受け入れようと決意した、わたくしが?」
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