男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 イネスの言う悪しき風習とは、結婚式の翌朝、花嫁の破瓜の血で汚れたシーツを窓から提げて、花嫁が処女であったことを主張する公開処刑である。
 結婚相手、もしくは婚約者としか手も繋げない国から嫁ぐイネスには、信じられない伝統だ。

 すべては愛するキリルのために。
 その一心だったというのに、当の本人からあらぬ嫌疑をかけられた。
 たった一通の、手紙がきただけで。

 イネスからしてみたら、ふざけるなの一言に尽きるだろう。
 しかしピケは、キリルのことも、仕方がないと思わなくもないのだ。

 だってこの結婚は、キリルが望んだ政略結婚。心のどこかに、引け目があったのだろう。
 ピケが知るキリルは、そういう人だ。もっとも今は、揺らいでいるが。

「思いたくないから、聞いているのだ。どうか、納得のいく返事をしてもらいたい」

「わたくしがどんなに知らないと言っても、それを証明する術はありません。わたくしが信仰を捨てると言っても、同じでしょう。そうですわ、いっそのことガルニール卿の入国を拒否すれば良いのです。アルチュールは、ロスティに逆らえませんもの」

「それはできない」

「なぜですか」

「すでに入国済みだからだ。あと数日もすれば、王都へ着く。外交の交渉やこちらの承諾も得ないまま、一通の手紙だけを寄越してくるなんて……いささか強引すぎる」
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