男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「父は厄介払いしたかったのでしょう。ついて来る予定だった侍女は時刻になっても現れず、わたくしは一人で、迎えに来た馬車に乗りました」

 今にも泣きそうな顔なのに、それでも笑みを浮かべようとしながら、イネスは言った。
 話を聞き終えたピケは、「イネス様は何も悪いことをしていないのに」と泣いた。
 わんわんと子どもみたいに泣きじゃくるピケを、ノージーとイネスは眩しいものを見るように見ていた。

(せっかく、せっかくイネス様が幸せを手に入れようとしているのに……それを邪魔しようだなんて、許さないんだから!)

 城内へ消えていくガルニールの背中を睨みながら、ピケは強く心に思った。

「絶対に絶対にぜーったいに! イネス様の幸せを守ってみせる!」

 拳を握って闘志をみなぎらせているピケを見て、ノージーが不満そうな顔をしていたことなんて、ガルニールを睨んでいた彼女は気づかない。
 そんな男を見るくらいなら僕を見てと言わんばかりの表情に気づいたのは、イネスただ一人だけ。

「わたくしのことよりも、ノージーのことを考えてもらわなくてはいけないのに……」

「失礼いたします。ただいま、ガルニール伯爵クーペ・コンカッセ様が到着されました」

 イネスのつぶやきは、ガルニールの到着を告げる兵士の声にかき消される。
 疲れが滲むため息を吐きながら、イネスは立ち上がった。

「……せめて二人だけでも、穏やかな暮らしをさせてあげないといけませんわね」

 そのためには、ガルニール卿をどうにかしなくてはならない。
 気が重くて仕方がないが、すべては自分のため、ひいては二人の侍女のためである。
 キッと前を向いたイネスの顔は、次期王妃らしい気品に満ちていた。
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