男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「好き」

 口にするのは勇気がいった。
 だけど、思っていたよりも自然に出てくるものらしい。

「私、ノージーのことが好きなのね」

 しみじみと噛み締めるように思いを口にしたピケは、その時思いついてしまった。
 甘くて優しい気持ちが、一瞬にして苦くなる。
 自覚したばかりのやわらかな気持ちを踏みにじるような、ひどいこと。
 イネスもピケも幸せになれない、悪いたくらみ。

「もしかして……今、想いを告げればノージーは人になれる?」

 恋が成就すれば、獣人は人になることができる。
 人になった獣人は、失恋したって消滅しないはずだ。

「ガルニール卿に協力して総司令官様を足止めしても、ノージーだけは助かる方法……」

 イネスもノージーもピケも、みんなうまくいく方法なんて思いつかない。
 なにもかもうまくいく方法なんて、あるわけがないのだ。
 世の中は、そういう風にできている。

 幸い、ピケは諦めることが上手だ。
 義母や義兄にしてきたように、すればいい。

 与えられた猶予は一週間。
 それまでに、ピケはなんとかしなくてはならない。

 決めてもなお揺らぎ続ける弱い自分に失笑するピケは、部屋に近づいてきていた足音が静かに遠ざかっていったことに気付くことはなかった。
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