男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「実はな、俺は女なのだ」

「はい?」

 ピケは、アドリアンが疲れているのだと思った。
 彼は総司令官だ。疲れているに決まっている。そうでなければ、どうしたって男にしか見えない姿で「自身は女である」なんて言うわけがない。

 聞かなかったことにして流そうとするピケ。そんな彼女の目の前で、アドリアンがパチンと指を鳴らす。
 音につられて指へ視線を向けたその一瞬。アドリアンの姿が陽炎(かげろう)のように揺れたように見えて、ピケは目を擦った。

「そして、おまえのことを気に入っている」

 目だけでなく耳まで疲れているらしい。

(ということは、相当疲れているのね、私。無理もないわ。ガルニール卿のこと、ノージーのこと、そしてイネス様のこと……いろいろあるから)

 目を閉じたまま訳知り顔で頷いているピケにアドリアンは、

「目を閉じているということはキスをご所望かな? 私としては、やぶさかではないのだけれど」

 はっきりとハスキーな女性の声が聞こえてきて、ピケはパチリと目を開ける。
 視界いっぱいに青い目をした美女の顔があって、ピケは「おぎゃあ!」と叫んだ。
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