男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「……もう。あと少しだけだからね?」

 ピケがそう言うと、ノージーのモフモフな尻尾が嬉しそうにピョコピョコ動いて、彼女の足へマーキングするようにくるりと巻き付く。
 それを見ていたアドリアーナがとうとう耐えきれなくなってコーヒーをこぼしたものだから、ピケは危うく悲鳴を上げそうだった。

(ああ、真っ白なテーブルクロスが茶色に染まっていく……弁償はもちろん、総司令官様持ちよね?)

 それでもアドリアーナは笑い続ける。
 ……ちょっと笑いすぎではないだろうか。
 やっぱり総司令官様は疲れているのだ。だから笑って疲れを癒やしているのだろう、とピケは思った。

(とはいえ、怒っていなくて本当に良かったわ)

 アドリアーナとピケがキスしそうなくらいの距離で顔を突き合わせていた、最悪のタイミングで突入してきたノージーは、魔王すら畏怖しそうな凶悪な笑みを浮かべ──実際、魔王と呼ばれるアドリアーナは「やっちまった」と声を漏らしていた──アドリアーナの首根っこを掴み、後ろへぶん投げた。

 壁に激突しなかったのは、アドリアーナだったからとしか言いようがない。
 ぶん投げられたアドリアーナは空中でヒラリと一回転したのち、シュタッと床へ着地した。
 投げられて着地する競技があったら満点をつけたいくらいの、模範的な着地。このせまい空間でそれを出来るのは、アドリアーナと、彼女からしごかれたピケくらいのものだ。
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