男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 ピケとアドリアンがキスをしていると錯覚して心中しかけたのは本当である。
 だから、彼女が生きていると実感するためにこうしているのもうそではない。
 ただし、それだけではないという注意書きがつくが。

 獣人は、恋が実らないと消滅する。
 その多くは一人ひっそりと来たるべき時を待つものだが、ごく稀に、嫉妬深い性質(たち)の獣人が「恋した相手が自分以外の者と幸せになるのは耐えられない」と道連れにすることがある。
 これまでピケの幸せだけを願って生きてきたと思っていたノージーだが、意外にも彼女が幸せなだけでは満足できなかったらしいと気がついて、誰よりも彼自身が驚いていた。

 ノージーがピケの胸にひっついているのは、彼女の心音を聞いていると気分が落ち着くのと、自分への気持ちを確認したいせいもある。
 総司令官ではなく自分に気持ちがあるのだと、うそをつけない心音から確かめようとしていたのだ。

 胸から聞こえてくる心音は、アドリアンがいなくなっても変わらない。
 ピケの心臓は、ノージーだけに反応している。
 一緒にくっついて寝ていた時より少しだけ早くなった鼓動は、彼女が緊張しているせいだろう。

 嬉しいという気持ちが大半、だけど少しだけ、寂しいと思う気持ちもある。
 恋愛対象として意識して緊張してくれているのは嬉しい。
 だけど、もう以前のように無防備に体を預けてくる彼女はしばらくお預けだと思うと、ちょっとだけ寂しい。
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