男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 ガラゴロと、森の中を馬車が通る音が聞こえてくる。
 馬車は、ピケがいる川の方へ向かってきているようだ。
 少し先に小さな石造りの橋が見えるから、おそらくそこを通るのだろう。

 服を置いてきた場所へ戻ろうとしたが、思っていたより馬車は速い。
 木々の向こうにチラチラと黒塗りの馬車が見え隠れしていることに気がついて、ピケは慌てた。

 彼女は水浴びの姿を見られないように長い髪を体に巻きつけると、急いで川へ沈み込んだ。
 鼻から上だけを水面から出して様子をうかがっていると、やがて馬車が橋のそばへ現れる。

 黒塗りの馬車は、金で装飾された異国風だった。
 窓はあるが布で目隠しされていて、中が見えないようになっている。
 御者が綺麗な服を着ていることから、おそらく乗っている人は身分が高い人なのだろうと想像がついた。

(お忍びってやつかしら)

 行くところなのか、それとも帰るところなのか。
 どっちでも良いが、早く行ってほしい。そうでないと、ピケは風邪をひいてしまいそうだ。
 鼻がムズムズしてきて、今にもくしゃみをしてしまいそう。
 素っ裸の格好を偉い人に見られたら、どんな罪に問われるかわかったものではない。ここはなんとしてでも見つかってはいけない、とピケは息を潜めた。
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