男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 キリルはイネスの前でひざまずくと、(うやうや)しく彼女の手を取ってキスを贈った。
 対するイネスは、そんなキリルに目をパチパチさせている。
 ゆるりと手を戻した彼女は、不思議そうに手を眺めた。

「あらまぁ」

「お嫌、でしたか?」

 雨の日の犬みたいなしょぼくれた顔で見上げるキリルに、イネスはやわらかな笑みを向けた。
 キリルの息を飲む音が、ピケにも聞こえてくる。

「いえいえ、そうではありませんわ。むしろ、逆だったので驚いたのです」

「逆、ですか?」

「ええ。情熱的な歓迎に、思わず胸がこう……キュン、と……」

 イネスは自身の胸に手を当てると、「ふふ」と気恥ずかしそうに笑った。
 気の強そうな美女が素朴な少女のように笑う姿は、その場にいたみんなの胸をキュンとさせる。

 口元に手を当てて顔を背ける厳つい男たちは、笑いを堪えているようにも、イネスの愛らしさに完敗しているようにも見えて、男の人が苦手なピケは少しだけ、本当に少しだけだけれど、ロスティの男の人はそんなに怖くないのかもしれない、と思った。
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