男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「謁見の間で父が待っています。私が案内しますので、ついてきてください」

「ええ、わかりましたわ」

 広い王城の中を、キリルの案内で移動する。
 磨き抜かれた床はピカピカで、壁も天井もキラキラして見えた。さりげなく置かれている調度品一つで、何年も不自由なく暮らせそうである。

 目に映るすべてが物珍しく、ピケの足はついついあっちへ行きたそうに、こっちへ行きたそうにフラフラした。
 放っておいたら真っ先に迷子になりそうな彼女を心配してノージーが軌道修正していたのだが、その様子をキリルの護衛たちが微笑ましそうに見つめていたことを彼らは知らない。

「ロスティの冬は雪が降ると聞きました。アルチュールは熱砂の国。だからわたくしは、雪を見ることが楽しみなのです」

「そうでしたか。きっと、嫌というほど見ることになると思いますよ」

「まぁ、そんなに?」

「ええ。外へ出られないくらい、降りますから」

「あらまぁ」

 謁見の間へ向かう間、キリルはあれこれとイネスに話しかけていた。これからやってくる秋のこと、冬の間の国民は家の中で祭りの準備をすることが慣例であること、春になったら盛大な結婚式を挙げること……。
 イネスはそのどれもに興味深そうに頷きながら、楽しげに微笑んでいた。
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