男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
一章

「残念ですが……」

 扉の隙間から聞こえてきた医師の宣告に、ピケ・ネッケローブはその場へ崩れ落ちてしまいそうだった。
 擦り切れたワンピースの胸元をギュッと握り、震える息を少しずつ吐き出す。

「……っ、はぁ」

 たった今、ピケの父が息を引き取った。
 病気だった。
 なんの病気か、ピケは知らない。母いわく「子どもは知らなくていいんだよ」だそうだ。

 ピケはもう、十六歳だ。子どもじゃない。
 子どもじゃないから、ピケは知っている。このあと、どうなるのか。
『ピケ、よくお聞き。もうすぐわたしは死ぬだろう。優しいおまえはわたしの死を悲しんでくれるだろうが、お母さんは違う。粉挽き小屋とロバを手に入れたら、おまえのことは役立たずだと言って追い出すに違いない。だから、その日がきても大丈夫なように準備しておきなさい』

 病床の父が、母がいない時を見計らって、二人きりのときに告げてきた言葉だ。
 聞いたとき、ピケは驚くどころか納得してしまった。貧しい家ではよくある話だからだ。

 ピケと母に血のつながりはない。母は継母で、二人の兄たちは母の連れ子だった。
 つまり、父がいなくなればピケなんて邪魔者でしかない。
 たとえ魔の森で獣を狩って家計に貢献したとしても、継母がピケを認めることは絶対にない。だって、女だから。「男であれば幾分かマシだったものを」と愚痴っている彼女を何度も見てきた。
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