男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
 ノージーはピケの前へやって来ると、開口一番に「かわいい」と褒めてくれた。
 ほにゃりと砕けた微笑みはひだまりで眠る猫のようで、ピケの脳裏にイネスの言葉が蘇る。

『あなたの前ではクタクタにリラックスしてしまうって感じがしたわ』

 なるほどこれか、とピケは思った。
 確かにこれは、クタクタとしか言いようがない。ついさっきは隙がないという印象を持ったのに、今は隙だらけだ。
 今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうなノージーを前にして、ピケの緊張が一気に和らぐ。
 つられるようにふにゃりと脱力した笑みを浮かべたピケに、ノージーはそっと花束を差し出した。

「ここまで一人で来られたご褒美に」

「なにそれ。子どもじゃないんだから、一人でも来られるわ」

 文句を言いながらも、ピケの顔はにやけている。
 嬉しくて仕方がないけれど、恥ずかしくて素直に礼を言えない、といったところだろうか。
 そんなピケに愛おしげな視線を向けて、ノージーは「わかっていますよ」と目を細めた。

「本当は、僕が渡したかっただけです。初めてデートする時に花を贈るのは、オレーシャの伝統でしょう?」
< 92 / 264 >

この作品をシェア

pagetop