すてきな気持ち
その日曜日はあっというまにやってきた。
平日も休日も関係ないという様子で母は相変わらず好きなBGMを流す。例によってエルガーの『愛の挨拶』のヴァイオリンが由香を起こした。
悔しいのでベッドの中でもう少し過ごすことに決めて、三十分程、瞼を閉じたまま音楽を聴く。
モーツァルト、サティ、バッハ、ショパン。
時代の流れも音楽性もめちゃくちゃだ。ただ優美で、心地よくて、希望の匂いのするような明るさがある曲が多い母のセレクト。リビングに行くとドヴォルザークのユモレスクがアメアメフレフレとそっくりの音で響いていた。
焼き立ての香ばしいパンを口元に運ぶ由香に母は言った。
「今日十一時半に駅前ホテルのレストランね。ワンピースは用意しておいたわ。お父さんは行かないっていうから、私と二人で行きましょ」
背を向けてコーヒーを淹れる母に、嫌そうな顔は見られなかった。これまでお見合いとか紹介された人というのは、だいたいロクな男がいなかった。今日も同じだろうと思うと行く前から疲れる。
せっかくの休日、家でのんびりしたいと思っていたのに。それに日曜日の朝はだいたいごはんときちんとだしをとったお味噌汁のはずだが、今日は手抜きをされているようでパンだった。それだけ日中の用事に重きを置いているということだろうか。
よく見ると母の肌の張りや血色もなんだかいつもよりいいような気がする。久しぶりの外食が嬉しそうでもあるその横顔を見ながら、差し出されたハムエッグにいつもより多くこしょうを振り、由香は無言でトーストを頬張った。
母の洋服のセンスはとてつもなく女らしい。かろうじて子供らしさは除かれていたが、ややくすんだピンク色のレースが全面に広げられたAラインのワンピースは、少し間違うと授業参観の母親のような印象を受ける。おそらくこの地で唯一ともいえる老舗デパートで買ったものに違いない。昔ながらのブランド品は信頼があるのだろう。そこで買えば間違いがないとも母は思っているのだ。
地元を一度も離れたことのない母にはわからないだろうな、と由香は思う。東京にはブランドや店に限らずセンスのいいものがたくさんあることを、そこそこの値段でかわいい洋服がたくさん買えることを。
ワンピースの繊細なレースを煙たそうに眺めながら、由香はかつて暮らした賑やかな街のことを想った。まぶしくて、思わず目を細めて俯きたくなるほど、きらめいていた日々。地元はもちろん愛しているけれども。東京は懐かしくて遠い。