偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
私はとりあえず冬哉さんの言葉にうなずき、彼を扉まで見送ろうとうしろにくっついて歩いた。
こうしていると、事務所にいるときの彼を思い出す。一生懸命仕事をする冬哉さんを、いつも格好いいと思っていた。
今日もなにも変わらないはずなのに、その背中はひどく切なく、弱々しく感じる。
「……冬哉さん。本村さんと待ってます。少し寒いですから、風邪をひかないでくださいね」
そんな言葉しかかけられず、自分の額をポカンと拳で叩いた。なにを言っているんだろう。
冬哉さんはドアノブに手を掛けたまま立ち止まったが、振り向いてはくれなかった。
しかし、その手を一度下ろす。
「……凪紗」
名前を呼ばれた。私はすぐに顔を上げ、「はいっ」と返事をする。
「俺のことが知りたければ、本村から聞いてくれ」
「えっ」
「……お前に好かれるような俺はどこにもいないんだ。ごめんな」
扉は開き、冬哉さんは外へ出ていった。私は動けず、隣にやってきた本村さんも呆然としている。
コップから水が溢れだしたような声だった。