偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
◇ ◇ ◇
どれくらい泣いていただろうか。涙は枯れ果て、冬哉さんとの未来への希望が残されていないことをやっと理解した。
部屋に鍵をかけ、ハンドバッグの中に持ち歩いていた衛生用品で処置をし、汚れた物はハンカチに包んで隅のゴミ箱に捨てた。
どうして今、と漠然と思った。なぜ一度、希望を持たされたのか。そうして運命を呪ってみても、冬哉さんと離れたくなくて妊娠を偽ったのは紛れもなく、私だった。
私にはなにもないとわかると、感情的な部分が麻痺し、頭が冴えてきた。
妊娠が嘘だったことで、私は冬哉さんにとっての人質としての価値も失った。
しかし、妊娠していなかった件はまだ誰にも気づかれていない。私は人質としての役割を全うすることができる。
【アキトくん。お願いがあるの】
冷静にスマホに文字を打ち込む。迷わず送信すると、すぐに返事が来た。
【どうした】
【歴史館にある手記を持ってきてもらえないかな。アキトくんならナイショで持ち出せるでしょう?】
【なんだそれ。八雲の指示か?】
【違うよ。あれはもともと冬哉さんが持つべきものだから、返してあげたい。そしたらアキトくんの言う通り、私は家に帰るよ】
冬哉さんの欲しかったものを手に入れる。最後に私にできることはこれしかない。
アキトくんが冬哉さんの計画を邪魔する前に、まずは手記と私を交換し、おじい様のもとへ戻って商標権の抹消を直談判する。