偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─

「ね、ねえ、アキトくん? 走ったら降りられないよ」

「ちゃんと座ってろ。家に帰るぞ」

「え? 待ってよ! これ、冬哉さんに渡してからじゃないと」

アキトくんは私の訴えを無視をして運転を続ける。

「アキトくん……?」

いっさいこちらを見ない彼を目の当たりにし、私はこの状況をやっと理解した。彼は、手記を冬哉さんに渡す気など最初からなかったのだ。

「騙したの!?」

「騙されてるのは凪紗だろ! 目を覚ませ! 八雲の奴にいいように使われてんだよ!」

「嘘つき! 冬哉さんに渡すために持ってきて言ったのに!」

「いいから黙って座ってろ!」

怒鳴り声に頭が冴え、私は密閉された車内で覚悟を決めた。

──逃げなきゃ!

手記も私も金森家に戻ったら、彼の切り札がなにもなくなってしまう。このまま諦めたら裏切りだ。なにがあろうと、私は冬哉さんを裏切りたくない。

どうすればいい?

車内から周囲を見渡した。まだお店は数百メートルうしろに見えている。もうすぐ赤信号だ。

スピードが落ちていく。深呼吸をした。やるしかない。

私は後方の窓から、後続車がないことを確認し──

「は!? おい凪紗!」

思いきり、ドアを開けた。
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