偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─

風が吹き込み、まるで塊のように車内へ押し寄せる。
スピードが落ちているため景色の移り変わりは穏やかになるものの、下に見えている道路の白線のスピード感は失われない。

アキトくんはここで大きくブレーキを踏んだ。

今ならいける。息を呑み、ハンドバッグをしっかりと胸に抱える。痛みに耐えるため心の準備をする。

「凪紗! やめろ!」

「……ごめん、アキトくん」

再度うしろを確認すると、思いきって外の景色に身を投げた。

「嘘だろ!?」というアキトくんの声が、遠く離れていく。

一瞬だけ、真っ白になる。下半身から落ちたつもりが腕や胸、顔に衝撃を受ける。ハンドバッグを抱き締めているせいで受け身がとれず、なすすべなく歩道に転がっているのだとわかった。

「痛っ……」

衝撃で混乱したが、頭は打っていない。バッグも無事だ。体を起こしてみると風で頬がヒリッと痛み、触れるとさらに痛んだ。手の甲と頬が擦りむけているらしく、触れた手に血がついた。
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