偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
──お店に戻らなきゃ。
前方の信号で、アキトくんの車が完全に停止したのが見えた。
ここは駐車禁止の標識があるから、すぐには追いかけてこれないはず。
立ち上がり、三百メートルほど離れた『アルカンジュ』へと引き返す。
風を受けるたびに頬が痛むが、私は全速力で走った。
「ハァ、ハァ」
喉から血の味がするほど息を切らしながらも、どうにかお店の前に着く。
「痛っ……」
ちょうど出入りをしていたお客さんに怪訝な顔で見られながら、私はエントランス近くにいた男性のウェイターへと近づいた。
「あの……すみません。お願いしたいことが」
私の呼び止めに笑顔で振り向いたウェイターだが、頬の傷を見てすぐに、驚き、焦り、と表情が変わっていく。
「お、お客様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です……それより、お願いです……これを……」
力を振り絞り、大事に持ってたハンドバッグをその人に押し付けた。