偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
『大変だ! 凪紗さんに逃げられた!』
「……は?」
猫背だった姿勢が直角に戻る。
『どうしよう俺、本当にごめん……!』
「……逃げたってなんだ? 今、ホテルにいるんじゃないのか……?」
『いや、ふたりで食事に来てたんだ。レストランでトイレに行かせたら戻って来なくて。そしたらウェイターから彼女のバッグだけを渡されて、本人は店の外に出てったっていうんだよ!』
凪紗が、逃げた……?
『ああもう! まさか凪紗さんが裏切るとは思わなくてさ! 油断した! ……あ、でもさ。今バッグの中確認したら、スマホと、お前が手に入れたがってた例の手記が──』
「そんなことはどうでもいい……」
『え?』
「今すぐ凪紗を探せバカ野郎!! アイツは方向音痴なんだぞ!! なにかあったらどうするんだ!!」
取り乱す感情が抑えられず、俺はスマホの通話口を口の前に持ってきて、自分の声なのかというほど裏返った声で怒鳴っていた。