偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
凪紗にはあの近辺の土地勘はないはず。本社ビルひとつ満足に移動できない凪紗が、家に帰れるとは思えない。
さ迷い泣いている凪紗の姿を想像すると、心臓がちぎれそうなほど大きく鳴り響く。
『え、え、なに? 方向音痴がなんだって?』
「バッグも、スマホも置いていったんだろ!? なら迎えも呼べずに歩いて帰る気かもしれない。あんなのが歩いてたら、誘拐されてもおかしくないだろ……!!」
本村の「誘拐って、お前が言うか……?」という茶化した言葉には答えず、俺は「今どこにいるんだ」と強い口調で問いただした。
『近くのレストラン。〝アルカンジュ〟だよ』
「すぐ行く! 待ってろ」
苛立ちを隠しきれずに雑に通話を切り、すぐにエンジンを着ける。
どのみち明日には別れがやってくるはずなのに、彼女になにかあったらと思うと、言い様のない不安に襲われた。